2009会長講演要旨
中国の高速鉄道最新事情

海外鉄道研究会会長 曽根 悟

 まず中国という国なんですが、1990年代からは急速に近代化しまして、少なくとも国レベルや都市、それから私が直接関わる鉄道の分野では資金が充足しているように見えます。ご存じのとおり社会主義の国ですが、ある面では昔からの資本主義の国より資本主義らしい要素をたくさん持っているという不思議な国でもあります。とはいえ、共産党一党独裁ということで、国家プロジェクトがたいへんやりやすい体制にあることは間違いありません。
 鉄道に関していうと、「伸ばさないと国が滅びてしまう」 という認識を持っています。他の国と同じペースで自動車が普及してしまうと成り立たないということで、危機感を持って鉄道の近代化を進めております。中国は石炭に加えて石油もかなり産出したのですが、 数年前から石油輸入国になってしまいました。その原因は自動車の急速な普及でありまして、昨年のオリンピック前、大気汚染がひどすぎるので自動車を強制的に排除するなんて場面があったのもご存じかと思います。
 とにかく、これ以上自動車が普及すると環境問題からも資源問題からも国が成り立たないということで、鉄道を優遇して自動車を抑制する方策を採っています。 ところが、鉄道技術の蓄積が少ないことは鉄道技術者自身よく理解していまして、では、どういう方法で近代化しようとしているのか。その辺をこれから説明していきたいと思います。

 中国の面積は日本の26倍、と申しましても西の方はほとんど人が住んでいない場所でして、東側はそれなりに人口が密集しています。 鉄道近代化のバロメータとして電化や複線化率がありますが、電化は63%に対して27%と日本のほうが進んでいます。しかし複線化は44%対33%で大差はありません。
 旅客輸送量の単位は「人キロ」ですが、これを他の交通機関に比べた「シェア」は、日本が28%あります。これは先進国の中で圧倒的に高い数字なんですが、 中国では35%もあります。日本と中国が決定的に違うのは貨物輸送量で、日本では4%くらいしか鉄道のシェアはありませんが、中国の場合は55%、トンキロでいいますと日本の100倍もあります。
 ヨーロッパの鉄道は人キロとトンキロがよく似た数字になるのですが、アメリカが旅客輸送に占める割合が限りなくゼロに近く、日本では逆に貨物輸送が著しく小さいことを思うと、中国の鉄道は旅客・貨物とも非常によくやっているな、という風に思います。
 さて、日本の鉄道近代化はそれまでに蓄積してきた技術を集大成してきたわけですが、中国にはそんなものはありませんから、自力開発と外部導入を併用しているんです。 自力開発はともかく、外部技術の導入の仕方もちょっと変わっているというか、しっかり考えて進めています。
 日本の整備新幹線にあたるのが中国では「客運専線」といいます。2007年4月18日に第六次のスピードアップをしまして、客運専線上を日本の「はやて」型が走り始めました。E2系の1000番台はJR東日本が開発した車両ですが、新幹線車両に関しては川崎重工がJR東日本の了解を得て中国に専用工場を作ったんですね。つまり川崎重工にとって最大の仕事は、工場を輸出することだったのですが、同じことをアルストームもボンバルディアもしたわけです。大事なことは、何年何月までに何編成の車両を投入するには、単純に完成車を持ち込むのではなく、必要なら工場を中国に建設する、ということまでやっていることですね。

 世界の高速鉄道における中国の位置付けを見ますと、注目すべきものが三つあります。
 一つ目は2007年4月18日の第六次スピードアップで、1999年の第一次から10年足らずで200km/h以上で走ることのできる路線が6,000kmを超えました。高速鉄道の先進国である日本やフランスは2,000km台ですから、いきなり世界最大の高速鉄道ネットワークを保有する国に躍り出たわけです。
 二つ目は、営業最高速度が350km/hの鉄道を開業させたことです。ちょうど北京オリンピックの直前で、日本が東京オリンピック直前に東海道新幹線を開業させたことに準えることができると思います。似たようなことをやっている、ということですね。当時の最高速度210km/hが350km/hに変わったということです。
 さて北京−上海の高速鉄道については、かつては日本が獲るのか、フランスかいやドイツかと国際政治的な興味を呼んでいたのですが、結果的に着工できたのは去年の後半で、しかも開業は2010年だというのです。今の日本の新幹線の建設速度とまるで違う。1,300kmを2年でつくっちゃうわけです。
 その話に触れる前に高速列車の歴史を振り返りますと、日本の新幹線の成功を受けてヨーロッパでもいくつかの列車が200km/hで走り出します。しかしそれは、線路条件の良い区間で電気機関車が客車を引っ張る従来の形で、本格的な高速専用の車両となると1976年のイギリスのHSTが嚆矢でしょうか。両端がディーゼル機関車で間に客車を挟んだ列車で暫定的な存在だったのに、現在でも主力として走っています。
 次がフランスのTGVでして、当初新幹線0系の集電方式に批判的だったからガスタービン動車にしようとしたのですが、石油危機で電気方式に変更した際も極力パンタグラフの台数を減らしました。フランス人に言わせると、日本の新幹線は建設コストが高すぎる、ということらしい。確かに、盛岡−大宮と大宮−東京が同じくらいかかってるわけです。フランスでは、建設コストを低下させるために大都市周辺では在来線に乗り入れる形にしました。
 1990年には大西洋線ができて300km/hを実現しました。この車系は交流1,100kwモーターを各機関車に2台ずつ搭載しました。これが試験速度で515.3km/hという最高速度を出したわけですが、現在最新で320km/h運転をしているTGVーPOSの車両が先年574.8km/hという鉄輪式の世界記録を樹立しました。

 この頃までの中国は高速運転の歴史に全くことはしませんが、2007年になってCRHという車両を投入し、高速鉄道の総延長で一気に世界一となります。この時導入したCRHという車両は動力分散の「動車組」でありました。動車組というのは固定編成を指す中国語ですが、動力分散であろうと集中式であろうと、固定編成であれば動車組です。従って日本の0系も、イギリスのHSTもフランスのTGVも動車組ですが、動力分散に限定したところが中国の賢いところの一つではないか、と思います。
 その中国の高速化ですが、1997年頃から200km/hで走り始めています。最初は高速車両を借りてきて、高速で走れるように在来線を強化してきたのが第六次までの取り組みです。基本的には道路と立体交差にしまして、場所によってはカーブも付け替えしました。在来線の近代化ですから、一部は速度制限のかかる区間も残っています。実は、東海道新幹線も東京−新横浜とか熱海付近とか、200km/hでは走れない区間がありますが、基本的に200km/h以上で走れる新線ということで、全線を指して高速鉄道と呼ばれます。東北新幹線も、そして中国の鉄道も同じことで、速度制限を受ける箇所はずいぶんと残っています。
 高速新線も、本格的に開業したのは去年の北京−天津ですが、実はその前にもう一本ありまして、2004年には最初の客運専線が瀋陽付近で開業しています。これは最高速度200km/h台で、どうも中国では高速線というと300km/h以上を指すようで、実は自らは認めたがらないのです。とにもかくにも、この時点で最高速度200km/hの運転を開始します。

 2007年4月の第六次高速化から使われているCRHシリーズは、1,2,3,5と四種類あります。4が欠番になっている理由は、日本と同じく忌み番ということで抜かしてあります。非常に大きな決断は、動力分散としたことで、これによってTGVは除外されます。四種類も導入したのは、自分達の政治は一党独裁でありながら、新規の技術は競わせた方がいいと考えたからで、各国の技術を同じような条件で導入しました。その条件というのは、少数の完成車だけを輸入し残りは工場を国内に建設して組み立てるという方法ですね。
 日本からのものは川崎重工と四宝。イタリアの場合も、アルストームと同じ四宝の別の会社。ボンバルディエは瀋陽。一年遅れでドイツのシーメンスは唐山と、世界の主な動力分散の高速車両、つまり電車を網羅しました。異なる国から同じ方法で、というのが重要ですね。これで培った技術というのを後の自主開発に役立てようというわけで、後ほど説明する北京−上海では自主開発の車両を走らせようというわけです。
 ところが、すでに自主開発のものは走っています。去年12月から、日本が原産国である「はやて」型ベースのCRH2の2編成分16両で、車内の施設は自主開発の寝台電車を造り上げて走らせ始めました。同じようにボンバルディアの技術で作ったCRH1でも同じく16両編成の寝台電車を完成させているはずです。応用動作としてできる部分は、次から次に始めているのです。

 CRH1はカナダのボンバルディエが原設計で、少々最高速度レベルの低い車両です。
 CRH2は「はやて」の10両編成6M4Tを8両にして4M4Tに下げた車両で、200km/h運転には充分耐えます。日本では「あさま」が8両編成で6M2Tにしていますが、 CRH2-300というのはCRH2を6M2Tにして「自主開発した」と称してますが、何のことはない元に戻しただけじゃないか、と日本人には思えますね。これを北京−天津で350km/hで走らせています。元々315km/h運転の車両だから危険ではないのか、と思うのですが、その部分も中国の技術者はよく理解しているようです。
 CRH3はドイツのICE3をベースにしたもので、こちらが北京−天津の主力車両です。CRH5は、イタリアのETR600というフィンランド向けに設計した車両で、車体傾斜制御機能を持っているのですが、中国では不要ということで外した形で導入しています。それだけに非常に中途半端な状態で、実は保守に最も手を焼いているのがこのタイプといわれています。
 CRH1が高速性能に劣るため40編成に押さえた以外は、基本的に60編成製造されました。CRH2-300だけはまだ5編成の製造で、今後の経過をみて増備されるかもしれません。車体材料も、CRH1だけはステンレスで他はアルミ。軸重も日本系のCRH2は格段に軽く、これが省エネルギーに寄与しています。
 腰掛けについては、ヨーロッパのものは失敗だったと最初に認めておりまして、というのもヨーロッパでは固定なんですね。アジア人にはこれが評判が悪く、韓国がTGVを導入した際にはここに非難が集中しました。中国も同じだったのですけど、改めるのもたいへん早く、どんどん回転式に改造を進めています。CRH3は一年遅れで導入されたこともあって、原設計とは最初から違えて回転式の腰掛けが設けられています。

 中国自身、技術的蓄積が少ないことをよく認識していますが、至上命令的に「いつまでに何をやれ」とスケジューリングされていますから、自主開発と技術導入を同時並行的にするしかありません。動力集中方式を除外したのも、これから技術導入しようという前に「日本の言い分が正しそうだ」 と理解していたからでした。捨てたわけでもなくて、非常に元気な貨物輸送では得意の大出力の重い機関車という動力集中式の技術を活かすことにしました。
 外国からの導入だけをしているわけでなくて、自主開発と称している例もあります。「中華之星」というのは、フランスのTGVを、何らの対価を払わず公表されているデータだけで見よう見まねで造ったり、「長白山」といってドイツのICE3を勝手に真似て造ったりしました。この一編成に乗せてもらったことがあるのですが、やはりいろんなところにいろんな問題がありました。車内の設備も中国流で、まだ新しいのにガタがきてたりして、「造ってみたけどダメだった」というのが技術導入を決意させた理由だと思います。
 とにかく、自動車が一定のシェアを取る前に鉄道の技術を高めなければならないということで、正式に契約を結んで外国の技術をどんどん導入しています。鉄道技術に書かれた中国語の本には、それまで公開されていなかったETR600やICE3や、逆にE2系の技術の中身がどんどん書かれていたりして、ヨーロッパ人も川崎重工やJR東日本の技術を知ることができたりします。中国人は一足早く知ることができるわけですから、これからの中国はおそろしい存在になっていくと思います。

 2020年までに中国の鉄道はどうなるかという問題ですが、 東西方向に高速線を4線、南北方向にも4線建設する計画で、そこでは全て電車が使われます。そのうちすでに開業しているのが北京−天津、着工しているのが北京−上海1,300kmですね。とにかく所要4時間というのが至上命題ですから、そのためには表定速度320km/hで走らなければならないわけです。途中の大都市=南京などを通過としても余裕時間や減速を考えると、とても350や360で走っていたのでは間に合いません。
 しかし実用域でこの速度で走っている鉄道は、これまで世界に存在しないのです。フランスは実験では500km/hを超える速度を鉄輪で実現させていますけれど、あくまで実験ですし、そういう列車同士がすれ違ったらどんなことになるか、そういう経験は無いのです。今の時点で最も参考になるのは日本の500系ではないかと中国の専門家は気づきまして、本当に高速列車に必要な性能の大部分は500系が持っているのではないか、と気づいたのが中国です。いずれにせよ、これからは日本やヨーロッパの経験が役に立たない領域に中国は進んでいくわけで、まさに独自開発が必要なのですね。
 鉄道というのは総合科学でありまして、ある一部分だけが突出した進歩を見せていてもそれだけでは役に立たない世界なんですが、逆にいうと、世界最高峰の技術を横並びにしながら比較検討ができるだけに素晴らしいポテンシャルを中国は持っているのだと思います。
 また上層部の若さというのも驚異で、技師長クラスが40歳代だったりしますが、これは中国の不幸な歴史によります。毛沢東の晩年、四人組だ文革だと大学での勉学を否定した時期がありましたから、それ以上の世代の技術者がゴポっと抜けているので、非常に若くて有能な年代が責任者になっています。

 各国の技術を横並びで検証しながら、日本の技術の安定度の高さが理解されつつあるようです。日本の車両は、相対的に問題が少なく、逆にイタリアのものに一番苦労しているようです。これは、元々振り子式なのにそれを切ったり、モーターが台車装架でなく車体下にぶら下がっていて、プロペラシャフトで駆動輪につながっているという特殊な方式だからで、やむを得ない点はあります。
 故障率、車外騒音、省エネルギーという面では日本は優れているのですが、車内の「上等さ加減」ではドイツの車両の評価が圧倒的に高いようです。北京−天津では原設計とは違う回転式腰掛けを採用しましたから、もしも原設計のままだったら日本の車両の評価も高まっていたと思われます。

(2009/01/10 海外鉄道研究会総会にて、記録:重田)


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